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小宮仁至の物語~暗黒の20代編~

さて、「自分を探し」にそれまで1度しか来たことがない
沖縄に移住した私。

もはや、理解不能ですねww
やっていることが。

一応、ビジネスをしている人からの誘いもあって
行ったわけですが
それまで、特に働いたこともない若造が
何もできるわけはなく。

結局、半年もたたずに、そこを辞めてしまいます。
しかも移住の資金なんてろくに用意もせずに
その頃全盛だった消費者金融で借りて
家を飛び出していたので、さあ大変です。

何か仕事をすればいいものの。
何をやっていいのかさっぱりわからない。

自分探しは続いているし
だからと言ってどの面下げて熊本に帰るのかもわからない。

今更、大学生なんて、絶対やってられない。

住む場所も、社会的身分も、すべて宙ぶらりん。
その癖、ひたむきに何かバイトをしていこうという根性もない。
下手にバイトをしてしまったら
ずっとそこで働いてしまうような気がして怖かったんです。

宙ぶらりんも怖いし、決めてしまうのも怖い。

この沖縄にいながらの数年間は
今ではハッキリ時系列が思い出せないほど
自分の内面と外的生活の区別がついていない期間なんです。

経済的にも辛く、借金は膨らむ一方。
社会的にも何者でもない自分。

まさに社会的ひきこもり状態でした。

この時期に、犯罪やそういう類のことだけは
しなかったことが唯一の救い。
いや、両親の育て方に感謝しています。

そして何といっても沖縄の風土。
社会的にひきこもっていたとしても
太陽は明るいし、海はキレイ。
ギリギリのところで明るい気持ちを保てるのですww

死にたくなるような焦燥感が生まれてもおかしくない状況でも
何か楽観的な気持ちにさせてくれたのは
沖縄のおかげだと思っています。

そして、その沖縄のおかげ・・・という象徴。
私の奥さんと出会ったのが2005年。

それまで、できるだけ定職につかないように
していた私を、ようやくその気にさせてくれたし、

逆にフリーターなのか何なのかわかりもしない
私が語る未来や夢みたいなことを
とても新鮮に応援してくれた、沖縄の女性でした。

これは、フラフラしてられん!!
とりあえず、人に説明のつく仕事に就こう。

そう思って、面接を受けたのが
当時メディアとしは新しかった
フリーペーパーを発行している会社でした。